内観による私のセルフセラピー

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私がセルフセラピーでよく用いている方法は「内観」です。うっかり忘れていることがなければほぼ毎日行っています。それはちゃんとした正しい方法ではなく、自分にとってとことん快適で心地いいやり方です。セルフセラピーは自分に合った方法を見つけていくのがいちばんですが、試しに「こんなことをしている」という参考として私のゆるゆるな内観を紹介してみたいと思います。ちなみに私は「セルフセラピーで自分をいたわり、はぐくみたいクライアント側」の立場であり、方法はセラピストや他者に施術を行う側によるものではないことをご留意ください。

そもそもなぜ内観かと言うと、もともと私は幼い頃から自分の思いをじっくり眺めるのが好きだったからです。ただそれを特別に意識してはいなかったため「好きなんだ」と気付いたのは成長してからでした。内観を通して自分を知り、心の奥深くにふれることは私の大きな喜びです。

まず時間を決め、横になって目を閉じます。瞑想やヒーリングのための音楽を掛けるときもあります(音量は小さめ)。自分の意識を体の内側へと向けてつぶさに観察していき、もし何かがあればそれを受け取ります。それは分かりやすいものばかりではなく、例えば「もろっとした何か」という風に何らかの感覚としてとらえることもあります。その感覚が何かを確かめていくために私は「問いかけ」によって自分の内側とやりとりします。試しに『この“もろっとしたもの”は何だろう?』と問いかけると、時にはクリアに、時にはぼんやりとそれが何なのかが感覚的に分かってきます。大抵の場合は私が今感じていたり未消化だったりする思いや考えです。その正体が掴めた後は「そうなんだ、今私はこんなことを思って(考えて)るんだ~」とただそれをじっとを眺めています。『これはいつ生まれたものだろう?』『この感情や考えをどのようしたらいいだろう?』とさらに問いかける時もあります。深刻なものでなければ、それに向き合うことで消化されていくようです。むずかしいものは時間を置いて、ちょうどよくなった頃にクリアリング(参考:まず、クリアリング。 - みつきるみの「セルフ・セラピー」のすすめ)します。とてもひとりで抱えきれない思いは専門家の方に相談してみた方がいいかもしれません。

私は日頃雑念の多い人間なので、横になって目を閉じてリラックスすると雑念がざーっと川のように流れている時もあります。ちゃんとした内観のやり方ではそれを排除するのかもしれませんが、私はそれを自分の中に流れる感情や考えとして受け止めています。そういった雑念も今の自分が何を思い、考えているかを知る手がかりになると思っています。『自分がなぜそう感じているか?』などを問いかけて、雑念の深くまで降りていきます。

逆に、自分の内側に意識を向けても何も見つからない時もあります。その時は今の状態をじっくり味わった後『私は今何を感じているだろう?』と自分に問いかけてみています。

おそらく誰でも、自分の内側に向かって問いかけた時には何かしらの反応が返ってくるはずです。ヴィジョンであったり、体感覚であったり。はじめは分かりにくいかもしれません。あいまいで具体的ではないかもしれません。しかし『これは何?何を意味しているのだろう?』と問い続けることによってじょじょにその正体が分かってきます。

こんな風に私は内観のセルフセラピーを行っています。大切なのはこれが正しいやり方ではなく「私自身が感じる心地よさを少しずつ取り入れていったもの」であるということです。内観だけでなく、文章を書くことや絵を描くこと、散歩、読書、自然にふれること、休息などのさまざまなセルフセラピーの方法を皆が自分に合った心地よいやり方で行うことができます。

セルフ・セラピーとその方法について

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セルフセラピーとは自分自身を癒し、はぐくむことです。それは「自分を気にかけいたわる気持ち」を念頭に置くことからすべてが始まると私は考えています。その際、自分の心の奥深くにある「わたし」の声に耳を傾けることがたいへん重要です。私たちは日頃発せられるその声に気付かないか「そんなに大したものではない」と見過ごしてしまいがちです。「わたし」の声をしっかりキャッチしてそれに寄り添い、交感する。「わたし」が本当に何を考え、どう思っているかを知る。断絶してしまった私と「わたし」との邂逅そして和解、それがセルフセラピーなのだと思います。

ある日「セルフセラピーの具体的な方法って何だろう」と考えていましたが、生活を見渡してみると実にたくさんのやり方があることに気付きました。もし自分がそれを好んでいるなら、さまざまな行為――例えば自然に触れること、書く(描く)こと、コミュニケーション、瞑想や内観、体を動かすこと、片付け 、内省、おしゃれ、学ぶこと、夢を思い浮かべること、そして休息――などがセルフセラピーになります。“私の好きなこと”が自然に私を癒してくれるのです。その際「自分を気にかけ、いたわる気持ち」を念頭に置き、そこに取り入れます。

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例えば絵を描くことが好きなら「アートセラピー」という代表的なセラピーの方法があります。パステルやクレヨンなどの大きくのびのびと描ける画材で自分の思うがままに描いていきます。アートセラピーに限らず、いい出来かどうかや人からの評価を気にする必要はありません。これはあなたのためだけの場、あなたのためだけのセラピーなのですから。
その際、つぶさに自分の心を観察しながら取り組んでみてください。「わたし」は何を言っていますか?最初は上手くその声が受け取れないかもしれません。もし「面白くない、つまんない」と言っていても落ち込まず「わたし」の声をちゃんと聞くことができた自分を褒めてください。その時はやり方を変えてみるか、アートセラピー以外の方法を模索してみるのもいいでしょう。
なかなか自分に合ったセルフセラピーの方法が見つからないこともあるでしょう(ちなみに私の経験では「自分が普段からやっていること」がまさに私に合ったセルフセラピーの方法のひとつだと何年もかかって気付きました。普段からやっていることの中には「好き」と意識できないほど自分にぴたりと寄り添っているものがあるようです)。それでも「わたし」は自分の声に耳を傾けようとしてくれているのを喜び、距離が近付いていきます。
(話が脱線しますが、アートセラピーは「普段から絵を描いているけれど好きかどうかよく分からなくなってしまった」方や絵のスランプの方にもおすすめです。普段の絵を描く時間とは別に時間を取り、思うがまま自由に描いていきます。走り書きでも落書きでも構いません。途中で終わっても下手でも意味不明でもいいのです。絵に対するあなたの自由さを取り戻してください)

そもそも「自分の好きなことが分からない、見失ってしまった」という方もいらっしゃると思います。そのような方は自分の好きなことをひとつずつ探してリストを作っていくのをおすすめします。あなたの好きな色、動植物、音、運動、場所、曲、感触、食べ物、時代、芸術作品などは何でしたか?日頃から既に行っている活動(や休息)の中でセルフセラピーになりそうなものはありますか?特に準備を必要としないセルフセラピー(散歩、瞑想や内観、歌う、運動など)の中で興味を持ったものはありますか?「なんとなく」で構いません。実際に手に取ってみるのもいいと思います。頭の中で思い浮かんだことをメモしたら、次は家の中や外を歩き回り、気になるものを見つけてください。私は大きなショッピングモールや雑貨屋、文房具屋などへ自分の好きなものを探しに行きました。あなたの好きな服やアクセサリー、本、香りやアロマ、デザート、食器、文房具、映画、化粧品、画材、雑貨などは何でしたか?リストの中で何かあなたの興味をそそるものがあれば、ぜひそれを取り入れたセルフセラピーを試してみてください。試すうちに、さらに新しい何かへの興味が湧いてくるかもしれません。
リストがだいたいまとまったら、上で書いたように、少し時間をとって思うまま自由にその活動(や休息)へ浸ります。つぶさに自分の心を観察してみてください。本格的にやろうとする必要はなく「わたし」が喜ぶ範囲でじゅうぶんです。人がどう思うかよりも「わたし」がどう思っているかに耳を傾けてください。いろいろ試してみて「わたし」が心地いいと感じる、無理のない活動(や休息)を続けてみましょう。

現在の自分がセルフセラピーについて知っていることや考えていることをこのように書き出してみました。好きなことというのは私と「わたし」をつなげてくれるツールのようなものだと思います。心地よく、無理のないセルフセラピーで人はだんだん「わたし」に還っていきます。
とは言え私は施術者ではなく「自分を癒し、はぐくんでいきたい」という心の要望からセルフセラピーについて調べたり実際に行ったりして、自分の考えや思いをシェアしたいと思っているひとりの人間にすぎません。私が書いたものよりもっと自分に合う方法をあなたの心の奥は知っています。その声に耳を傾けていてください。「あなた」があなたを最もよく導いてくれるでしょう。

ブログのタイトルを変更しました

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ブログのタイトルが変わりました。
『みつきるみの「セルフ・セラピー」のすすめ』になります。これからもよろしくお願いします。

あなたが「納得できないこと」は自身の根本的なテーマかもしれない

前のエントリーでも書きましたが、私は自己を癒し、養い、はぐくむ「セルフセラピー」というテーマについて掘り下げてみたいと感じるようになりました。しかし今思えばそのテーマは突然新しく“与えられた”ものではなく、幼い時からその素地のようなものが私の中にあった気がします。

それは世の中への疑問や納得できないポイントでした。

たとえばメンタルの強くない私は若い頃の学校生活の中で(特に何もなくても)心をすり減らしていました。日々の生活の中で周囲や環境に本来の自分がどんどん圧迫されてしまう。「こうしたい、ああしたい」「こんなのおかしい」――さまざまなサインやメッセージを訴える私自身の感受性を学校生活を送るために蓋していましたが、「本当にこれでいいの?」と自分に対してわだかまりがありました。
さらには満員電車に乗って仕事に向かう方々を幼い時に見てふと痛切な気持ちが去来したことがあります。「この方たちは辛くないだろうか……」と。もちろん辛い方もいらっしゃるし意外と平気な方もいらっしゃるかもしれません。ですが、将来同じ環境に身を置いた時におそらく耐えられないであろう私をすぐに想像してしまったのです。この現状について周りの人に尋ねてみても「仕事だから仕方ない」との答えが返ってくるのみでした。 それ以上何も言えないものの、気持ちがうまく収まらない何かを胸に抱いていました。

今思えば、そんな世の中への疑問や納得できないことが私自身のテーマ(源流)につながっていたのかもしれません。

現在私は自分自身の「違和感」を信頼することを心掛けています。世の中への疑問や納得できないことはまとめて「違和感」として私に伝えられるからです。経験上、“これはいい!”というフィーリングはときどき間違いもあるのですが、違和感はめったに誤りません(ただ自分がそのサインを見過ごすことはあります)。違和感を覚えた出来事にいったん立ち止まり、「この違和感は何だろう?どこから来たのだろう?」と耳を傾け、自己を紐解いてみてください。もしかするとあなたがつねに感じてきた違和感は自分自身の根本的なテーマかもしれません。

現段階での私の方向性

最近このようなツイートをしました。


書くことが思い浮かんだ時、それが私の頭の中で考えられたのかそうでないのか分からないことがよくあります。このツイートもそのひとつで、書いた後から理解が追い付いてきました。

このツイートを書いた数日後、私は「ヒーリング・ルーン」というルーンの解説書に出会って、なぜあのようなツイートが思い浮かんだのか、その意味と(現段階の)魂の希望を知ることができたのです。

「この本の特にこの文章が……」というわけではなくて、読み進めていくうちに自然と自分の内側が整理されていくような感じを受けました。まるで私自身の源流に還るような体験でした。私が今まで自分なりに経験してきたこと……認知療法アートセラピー、瞑想、パワーストーンアロマテラピーチャネリング、オラクルカードなどがパズルのように組み合わされて、あるひとつの方向を向いていることに気付いたのです。私は生来敏感で傷つきやすく、不登校ニートにもなりました。そんな私はいつもこう願っていました。“私自身を知りたい”と。私は「わたし」という存在が何なのかまったく分からなかったのです(それは「他者」についても同様です)。あいまいでおぼろげで、時と場所によって姿を変える「わたし」。私自身を知ることは生きづらさを多少なりとも解消し、自己肯定感をはぐくむ土台になるのではないか――今にして思えば、そんなセルフ・セラピーへの欲求から先に挙げたさまざまな取り組みに興味を持ったのでしょう。

そして今それらがパズルのように組み合わされて、あるひとつの方向を向いています。弱く敏感な自分だからこそさまざまなセルフ・セラピーを通して自己をはぐくみ、いたわりながら、それを通して得た自分の思いや考えを他者へ伝える――おそらくそれが(現段階の)魂の希望、私の方向性です。最初に挙げたツイートはそのひとつの現れだったのではないかと思います。そのような私の思いや考えが自分と同じように悩んでいる方の参考になればこれほど嬉しいことはありません。
はっきり意識することはなかったものの、それは今まで自分なりにやっていた・やろうとしていたことでもありましたが、これからは意識してその方向へ気軽に進んでいこうと思います。

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