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内なる神性(霊性)とどのようにつながり続けるか

聖人のことばにふれると、まるでいままでの自分が浄化されたかのような清らかなよろこびや愛で満たされる。私はふだんの自分の意識・思考・感情をいったん脇に置いて、私たちが自己の奥の奥に持っている「内なる神性(霊性)」をとおして世界を見ることができる。するとそこには祝福された世界があり、人びとは愛すべき存在になる。

ずっとこのままでいたい。だがそれは一時的な状態だ。だって私は聖人の本を読んだだけなのだから。しばらくするとエゴイズムにまみれたふだんの自分に帰ってきて、相変わらず世界や人びとに不平不満を募らせている。

何とかしてあの素晴らしい意識の状態を保つことはできないだろうか。内なる神性(=無限)につながり続けられないだろうか。私はそのとき思いついた方法をいくつか紙にリストアップしてみたが、いまいちどれも内なる神性とつながるにはむずかしい気がした。たとえば「愛と感謝、謙虚さを持ち、祈り続けること」。それもたぶん大切だが、それだけであの状態に(自分は)至れないだろうと思えた。

ハイヤーセルフやガイドに方法を教えてくれるようお願いして、すこし時間が過ぎた。方法はその日の内にふっと頭に浮かんだ。「行いを正しくすること」。たとえ意識がまだ追いついていなくても、行いを変えることによってだんだん意識もより善いものとなる。行いに意識を巻き込むのだ。そうして自分を善くしていくことによって、自身を「内なる神性」が住みやすい(発現しやすい)器に変える。何だか私はゲーテの「はじめに行いありき!」という一節を思い出した。

とは言え、これは昨日の夜に思いついたばかりなのでまだ行動に移せていない。もしかすると間違っている可能性もある。が、そうなればまた新たな方法を試してみよう。私たちの人生の意味のひとつは、「内なる神性」に至る旅のように思われるからだ。