あなたが「納得できないこと」は自身の根本的なテーマかもしれない

前のエントリーでも書きましたが、私は自己を癒し、養い、はぐくむ「セルフセラピー」というテーマについて掘り下げてみたいと感じるようになりました。しかし今思えばそのテーマは突然新しく“与えられた”ものではなく、幼い時からその素地のようなものが私の中にあった気がします。

それは世の中への疑問や納得できないポイントでした。

たとえばメンタルの強くない私は若い頃の学校生活の中で(特に何もなくても)心をすり減らしていました。日々の生活の中で周囲や環境に本来の自分がどんどん圧迫されてしまう。「こうしたい、ああしたい」「こんなのおかしい」――さまざまなサインやメッセージを訴える私自身の感受性を学校生活を送るために蓋していましたが、「本当にこれでいいの?」と自分に対してわだかまりがありました。
さらには満員電車に乗って仕事に向かう方々を幼い時に見てふと痛切な気持ちが去来したことがあります。「この方たちは辛くないだろうか……」と。もちろん辛い方もいらっしゃるし意外と平気な方もいらっしゃるかもしれません。ですが、将来同じ環境に身を置いた時におそらく耐えられないであろう私をすぐに想像してしまったのです。この現状について周りの人に尋ねてみても「仕事だから仕方ない」との答えが返ってくるのみでした。 それ以上何も言えないものの、気持ちがうまく収まらない何かを胸に抱いていました。

今思えば、そんな世の中への疑問や納得できないことが私自身のテーマ(源流)につながっていたのかもしれません。

現在私は自分自身の「違和感」を信頼することを心掛けています。世の中への疑問や納得できないことはまとめて「違和感」として私に伝えられるからです。経験上、“これはいい!”というフィーリングはときどき間違いもあるのですが、違和感はめったに誤りません(ただ自分がそのサインを見過ごすことはあります)。違和感を覚えた出来事にいったん立ち止まり、「この違和感は何だろう?どこから来たのだろう?」と耳を傾け、自己を紐解いてみてください。もしかするとあなたがつねに感じてきた違和感は自分自身の根本的なテーマかもしれません。